《道德經·第八章》
上善若水。水善利萬物而不爭。
最上の善は水のようである。水は万物を利しながら、争わない。
水はただ柔らかいのではなく、形に応じ、持続し、功を誇りません。その低さは消極性ではなく、一つの働く力です。
『老子』· 原文・日本語訳・背景
『老子』は、力で押すことから応じることへ、増やすことから簡素さへ、他者を制することから自分を知ることへと視線を移します。
《道德經·第八章》
上善若水。水善利萬物而不爭。
最上の善は水のようである。水は万物を利しながら、争わない。
水はただ柔らかいのではなく、形に応じ、持続し、功を誇りません。その低さは消極性ではなく、一つの働く力です。
《道德經·第三十三章》
知人者智,自知者明。勝人者有力,自勝者強。知足者富,強行者有志。
人を知る者は賢く、自分を知る者は明らかである。人に勝つ者には力があり、自分に勝つ者は強い。足るを知る者は富み、進み続ける者には志がある。
この章は外に向かう能力と内なる自律を分けます。自己理解と「足るを知る」ことは、何ができるかだけでなく、何が十分で何をする価値があるかも変えます。
《道德經·第四十八章》
為學日益,為道日損。損之又損,以至於無為。
学をなすには日々加え、道をなすには日々減らす。さらに減らし、作為にとらわれないところへ至る。
「無為」は何もしないことではありません。不要な介入や、すべてを支配しようとする習慣を問い直す言葉です。
《道德經·第六十四章》
合抱之木,生於毫末;九層之臺,起於累土;千里之行,始於足下。
抱えるほどの大木も小さな芽から育ち、高い楼台も土を重ねて築かれ、千里の旅も足元から始まる。
大きな結果は平凡な始まりに潜んでいます。同時に、完成に近づいたときの慎重さも、始める力と同じほど大切です。
《道德經·第七十八章》
天下莫柔弱於水,而攻堅強者莫之能勝。
天下に水ほど柔らかく弱いものはない。だが堅く強いものに打ち勝つうえで、水に勝るものはない。
柔らかさとは、続き、入り込み、硬さと同じ方法で争わずに形を変える力です。譲ることが長い強さになる場合があります。